霊的真理に出会った当初の失敗
- Yoshio Kobayashi
- 20 時間前
- 読了時間: 2分

霊的真理に出会った当初、いろいろな失敗をしてしまいます。
その二つを今回はお伝えしようと思います。
霊的真理に出会った当初「シルバーバーチの霊訓」を毎日 読み耽ます。
その時、思います。
「なんてすばらしい真理なんだろう。
この真理の言う通り、人の役にたちたい。
この真理を多くの方に広めたい。」
この思い自体は間違っていません。
しかし、霊的真理に出会った当初はその思いが強すぎて、行動が焦りすぎで石ころに躓いてしまいます。
まずは「人のために役立つ事」ってどんなことがあるのだろうと考えます。
なかなか思いつきません。
勧められたボランティアに入ってもそれがしたいことでないとストレスになって続きません。
ボランティアを選ぶのって本当は難しいんです。
まずは人に親切にする、優しくするからスタートすれば良いのです。
最初からボランティア団体に入って人のために役立つ事をしようとするのは素晴らしいことですが、「〇〇という団体でボランティアしています」と言いたいために無理している人もいました。
「人のために親切にしています」と言ってもそれでは活動しているように見えませんもんね。
次に「この真理を広めたい」という事ですが、この霊的真理は時期の来た方しか理解できません。
時期の来ていない家族や知り合いにお話ししても仕方ないのです。
あまりの無理解にとても孤独を感じてしまいます。
そして、あまりの孤独感から霊的真理自体を手放してしまう方もいました。
私は妻の他界で霊的真理に出会ったのですが、会社の同僚で同じように奥様を亡くされた方がいました。
私は霊的真理についてお話させていただきましたが、全く受け入れてもらえませんでした。
時期の来ていない方にはお話ししても仕方ないとその時、つくづく思いました。
「人のために役立ちたい」「霊的真理を広めたい」
この2点は霊的真理に出会った方の役割なのでとても大切なことです。
しかし、慌ててはいけません。
まずはこの霊的真理を理解するだけでなく腑に落ちるようにしなくてはいけません。
利他的行為はそのあとで構いません。
慌ててこの利他的行為の「人のために役立ちたい」「霊的真理を広めたい」を始めると一歩間違えれば利己的行為になってしまいます。
利他的行為と利己的行為は紙一重で思いのちょっとした違いが大きな違いになってしまいます。


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