やり直すチャンスは誰にも与えられる
- Yoshio Kobayashi
- 7月14日
- 読了時間: 2分

すべての人間にやり直しのチャンスが与えられないとしたら、宇宙が愛と公正とによって支配されていないことになります。
墓に埋められて万事が終るとしたら、この世は正に不公平だらけで、生きてきた不満の多い人生の埋め合わせもやり直しも出来ないことになります。
私どもが地上の人々にもたらすことの出来る最高の霊的知識は、人生は死でもって終了するのではないということ、従って苦しい人生を送った人も、失敗の人生を送った人も、屈辱の人生を送った人も、皆もう一度やり直すことが出来るということ、言いかえれば悔し涙を拭うチャンスが必ず与えられるということです。
人生は死後もなお続くのです。
永遠に続くのです。
その永遠の旅路の中で人は内蔵している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮するチャンスを与えられ、同時に又、愚かにも神の法則を無視し、人の迷惑も考えずに横柄に生きた人間は、その悪業の償いをするためのチャンスが与えられます。
神の公正は完全です。
騙すことも、ごまかすことも出来ません。
すべては神の眼下にあるのです。
神は全てをお見通しです。
そうと知れば、真面目に正直に生きている人間が何を恐れることがありましょう。
恐れることを必要とするのは利己主義者だけです。
近藤千雄訳編『古代霊は語る』



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