妻の他界後、泣き止む
- Yoshio Kobayashi
- 2025年11月16日
- 読了時間: 2分

「もういいよ、もう大丈夫だよ」妻の他界一年後のある朝、私は叫んでいました。
その日から私は泣き止むことができたのです。
その声は誰かに言わされている感じだったのですが、妻だったのか、あるいは守護霊だったのか、私にはわかりません。
どちらにしろ、私はその日からぴたっと泣き止んだんです。
あれほど、泣いていたのに泣き止んだのですから、妻に言わされたのでも、守護霊に言わされたのでも どっちでもいいんです。
この日から妻は安心して、私から離れ、霊界での自分の役割に没頭できることでしょう。
私にとっても泣き止んだこの日がいろいろな体験が魂にきざみこまれて、本当の意味でシルバーバーチに出会った日になったのです。
シルバーバーチを読んだだけでは、本当の意味の出会いではありません。
出会いとは、人や本などと会うことで自分が影響されて変わることなので、まさに泣き止んだ日がシルバーバーチと出会った日ということです。
その流れは
妻との仲の良い二人暮らし
↓
妻の他界
↓
シルバーバーチを毎日読む
↓
妻を思って、毎日泣く
↓
守護霊、妻の導きにより自己憐憫が終わる
↓
シルバーバーチと本当の意味で出会う
↓
霊的覚醒が起こる
となります。
泣き止んで、霊的覚醒をした私は妻が他界してから今までのことを思い起こしてみました。
妻の他界は私にとって、人生最大の衝撃的出来事でした。
自分自身ではどうすることもできない、居てもたってもいられない感じを初めて体験しました。
そして、果てしなく悲しい体験。
受け入れなくてはいけないけれど、受け入れることができない体験。
これらの体験が私には用意されていたもので今回の人生で必要でした。
一年間、泣き続けるのも必要な体験です。
地上生活の究極の目的は、人間が霊的成長のある段階において、物的現象の世界のウラ側に存在する実在に気づくように、さまざまな体験を提供することです。
大自然の摂理は正常な人間には例外なくその機会が与えられるように働いていることを私は確信しております。
もしそうでなかったら神によって無視されたり恩恵にあずかれない人間がいることになり、そういうことは絶対に有り得ないことだからです。
霊が地上に誕生するというその事実が、潜在的にその子供にもいずれ芽生えるであろう霊的自覚が秘められており、そのための機会がこれから与えられていくということを意味しております。
『シルバー・バーチの霊訓 (八)』





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