霊的真理と出会う前
- Yoshio Kobayashi
- 2025年10月24日
- 読了時間: 3分

他界した妻とは二回目の結婚です。
年齢も十才私が年上です。
一回目の結婚の前妻との間の男の子に私の収入にしては多額の養育費を払っていました。
二回目の結婚などはありえません。
そんな時に妻と出会うことになったのです。
互いに意識しあうようになった時、私は早めに言いました。
「僕はバツイチで別れた子にかなりの養育費を払っていて、結婚などはできないなあ」と。
この言葉を言って以来、妻は積極的になり、私も覚悟して結婚することになりました。
結婚後 妻はパートで働きに行きます。
私一人の収入では生活できないからです。
しばらくして 妻が妊娠しました。
私は嬉しかったのですが、妻が働かなくなって生活できるのだろうかという心配が一瞬よぎりました。
その後 妻は流産しました。
産科婦人科のベッドで妻の肩を抱き、一緒に泣きながらも、少しホッとした気持ちになってしまいました。
その時 私は思います。
「なんて 俺は汚い人間なんだ。」
流産後も今までと変わらない生活が続きます。
私は妻に対して申し訳ない気持ちが大きくなってきました。
結婚してくれたこと 働いてもらっていること 節約の生活をさせていること など。
特に流産の時に少しホッとしてしまったことが私の心の傷になっています。
このときから 私はとにかくお金を稼ぎたいと思うようになっていたのです。
家計のすべてやりくりは私がしました。
家賃 水道光熱費の支払い、スーパーでの買い物など。
すべてが節約です。
私も妻も小遣いはほとんどありません。
妻には二か月に一回の美容院と数か月に一回の分割による洋服の支払いはありました。
妻にはいつもきれいでいて欲しいという気持ちが私にはとても強くあったからです。
給料日の前日 数千円が残ると、二人で回転寿司によく行きました。
給料日からまた一か月のぎりぎりのやりくりが始まるのです。
あの頃の私は四六時中 お金のことを考えていました。
十円単位でお金と向き合っていました。
なんか いい副業はないかといつも考えていました。
毎日 パソコンでネットサーフィンです。
お金のことを毎日考えながらも、とにかく妻を幸せにしたい、いい服を買ってあげたい、回転寿司でない、お寿司を食べさせてあげたい。
妻が好きなピンクのフォルクスワーゲンでドライブに連れていきたい。
こんなことばかり考えている毎日でした。
このころのことを今考えなおすと、本当に妻のことを思って、お金を稼ぎたかったのか、それとも、単なる私の利己的な見栄だったのか。
今はわかりますが、当時は全くわかっていませんでした。





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