霊的真理を学ぶ「神は法則」
霊的真理を学ぶ「神は法則」

以前
「私たちを創造した目に見えない偉大なる存在」について少しだけお話ししました。
呼称についてもお話ししました。
今回は「大霊」ではなく「神」という呼称を使いますね。
「神様」といえば、子供のころは白いひげを付けたおじいさんという感じでしたね。
そんなひげをしたおじいさんの体を持っている存在…ではないのです。
神は体を持っていません。
ここで話がまた飛んで体についてです。
私たちは肉体を持っていますよね。
でも霊体も持っているのです。
地上界で言われる「死」の状態のとき私たちは肉体を脱ぎ捨てて霊体になって「霊界」に行きます。
ここでまた話が飛ぶのですが、ほとんどの人が霊界に行く前に霊界の一部なのですが、「幽界」に行きます。
「幽界」では幽体を身に着けています
。
ちなみに幽体で地上界に地縛して現れるのが「幽霊」です。
なぜ幽界が必要かというと「霊界」に行く前に霊界の生活に慣れておくように「地上界」と「霊界」の中間で生活をするためです。
後日「幽界と霊界」というお話をしようと思います。
ここで話が戻って、神は「肉体」「幽体」「霊体」などの「〇体」を持ちません。
それでは神は何なのか?
神は摂理なんです。
摂理と法則はほぼ同じことですから、わかりやすく言うと「神は法則」になります。
さあ ここで シルバーバーチの言葉です。
(ここから)
神は絶対にごまかされません。
法則は法則です。
原因はそれ相応の結果を生み、自分が蒔いた種子は自分で刈り取ります。
そこに奇跡の入る余地もなければ罰の免除もありません。
摂理は一分一厘の狂いもなく働きます。
不変・不易であり、数学的正確さをもって作用し、人間的制度にはお構いなしです。
地上生活では勝者がいれば敗者がいるわけですが、霊性に目覚めた人間はそのいずれによっても惑わされてはなりません。
やがてはその人間的尺度があなたの視野から消える時が来ます。
その時は永遠の尺度で判断することができるようになるでしょう。
と言って私は、あなた方の悩みや苦労を見くぴるつもりは毛頭ありません。
それは私にも痛いほどよく分かります。
ただ、もしも私が現在のあなた方に評価できない永遠の価値を指摘せずにおけば、それは私が神界から授けられた義務を怠ることになります。
永い歴史を振り返れば、あまりの悲劇に指導者も "世も未だ" と嘆いた時代が幾度かありました。
万事休すと観念し、暗黒にのみ込まれ、全ての真理が埋もれてしまうと思い込んだものでした。
しかし宇宙はこうして厳然として存在し続け、これからもずっと存在し続けることでしょう。
『シルバー・バーチの霊訓(1)』
皆さんがスピリチュアリズムと呼んでおられるものは自然法則の一部にすぎません。
宇宙の大霊すなわち神は宇宙を法則によって経綸し法則に則って顕現していくように定めたのです。
その法則が宇宙の全活動を統御しております。
宇宙のいずこにも
ーー人間の知り得た範囲に留まらず人間の能力をはるかに超えた範囲においてもーー
法則の行き届かないところはありません。
その法則の中に神の意志が託されているのです。
およそ人間のこしらえる法律というものには変化と改訂が付きものです。
完全でなく、すべての条件を満たすものではないからです。
が、神の摂理は考え得るかぎりのあらゆる事態に備えてあります。
宇宙間に発生するもので不測の事態、偶然の出来ごとというものは一つもありません。
全てが規制され、全てが統御され、全てに神の配慮が行き届いているのです。
科学者の手によって物質界の原理の多くが発見されました。
が、その探求の手はまだまだ霊的な分野にまでは及んでおりません。
人生を物的尺度でもって判断し理解し考察しようとするのは愚かです。
小さな一部分にのみ関心を集中し、肝心な大きなものを見落しているからです。
『シルバー・バーチの霊訓(2)』
(ここまで)
最後までお読みいただきありがとうございます。
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[氏名]: 事務局 コバチャン本舗




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